住まいの維持管理を行ない、建物の長寿命化を図ることは、これからの既存住宅の維持保存に必要不可欠な要素です。日本の住宅文化を紐解きながら、日本の住宅の長寿命化について考えていきましょう。
(文:田原淳嗣)
空き家再生と逆行する、日本の新築信仰と金融商品“住宅ローン“政策

現在の日本では新築住宅が乱立し、既存住宅は使い古されることなく朽ちてゆきます。
世界の主要先進国では既存住宅の再生や流通が制度として確立化され普及しているのに、日本ではそうならず、今も“新築信仰“が続くのはなぜでしょうか?
仮に、日本に『住宅総量規制』が存在しないことに一つの原因を求めてみましょう。
住宅総量規制とは、各自治体が人口推移を予測して自治区内の住宅の量を調整する制度で、世界的に主要先進国では当たり前のように運用されている制度です。無駄な建物の作りすぎは資源、エネルギーの消費過多を生み、土地の有益性を阻害するなど、根本的にはメリットがないからです。
反面、日本の現在の住宅制度は本来、戦後の住宅不足を解消するためのものであったはずが、その問題が解決された後も踏襲された挙句、住宅ローンとセットで金融政策に組み込まれたために脱却することが出来ず、住宅のストックが十分な現在でも新築優遇の制度が続いています。
『日本の住宅の平均寿命は35年』という罪深き“嘘“

このペースで新築住宅を作り続ければ、必ず地域に空き家が増えます。空き家が増える事が分かっているのにそれでも新築を作り続けるのは、古い建物に価値を見出せない事に大きな要因であるように感じます。
日本の住宅の寿命は35年と言われますが、決してそんな事はありません。正確には、これまで取り壊された家の平均寿命がその程度であり、今も使われ続ける建物は計算に入っていません。
「中古住宅だからこそ安心」 そんな時代が来る不動産コンサルタント・長嶋修 – NIKKEI STYLE
こちらの記事の中にある、早稲田大学の小松幸夫教授が行なった人間の寿命感算と同じ手法による日本の木造住宅の平均寿命の計算では住宅の寿命は64年となる事が述べられており、一般に認知されている値とは大きな乖離があります。
『住宅の平均寿命は35年』という、“嘘“とも取れる誤情報は、建築業者やユーザーの建物へのリテラシーを低下させる要因になっているようにも感じられます。家を建てるユーザーからは『自分の代さえ(寿命が)持てばいい』という声が挙がることもしばしばあります。
こうした層の家づくりへのマインド転換を図ることができれば、現時点で64年もある住宅の寿命がもっと長くなることは間違いありません。
必ず直面する空き家問題。本当に古い建物に価値はないのか。

『それでもやっぱり古いものより新しいものの方がいいなぁ…』
とそんな声も聴こえてきそうですし、折角手に入れるなら真新しいものをというお気持ちはご最もだと思います。
ただ、“古い家に価値がある“点にお気付きでしょうか?
本当に新築の方が建物として価値が高いですか?
実は現在、日本の伝統構法による古民家は特に海外で評価が高く、一部界隈で大変な人気を博しています。既に、建物を分解して海外に持ち出されたりもしています。
その人気の理由は建物や木組の美しさに代表されるものの、そうした技術や見た目のことだけでなく、現在建てられる家よりも優位な点がありますので、その点について列挙してみたいと思います。
①構造材が太く耐久性が高い・・・これは見れば分かりますが、柱は古い家の方が太いですよね。天井裏に隠れている梁や床下の材も、今では手に入らない丈夫な素材で構成されている事が多いです。“伝説の宮大工“西岡常一氏は「木材は樹齢で寿命が決まる」と言ったほど。天然木材の耐久性は、多少ひねりや曲がりが出たとしても丈夫さが違います。
②窓庇や広い軒下など、家の温熱環境を守る工夫がされている・・・昔の家は太陽に素直に設計されています。今のように各種建材の精度や性能が高くないものの、技術力やアイディアでカバーされている面があり、侮れません。
③お手入れが容易・・・『高断熱高気密』なんてことは決してありませんし、虫の侵入などもあり得ます。しかし、作りの仕組みが様々な複合要件を経ておらず、柱の差し替えや部分的な補修など、お手入れを想定された作りといえます。
こんな風に今の家にはない特徴がある建物もありますから、性能が低いと一括りにして価値を見出さないのはあまりにも勿体無いと思います。
ちゃんと定期的な点検・メンテナンスと建物の修繕を積み重ねれば、住宅はもっと長い期間活躍することができるのです。
維持管理先進建物のマンションから学ぼう

建物はその性能も重要ながら、建てた後の維持管理計画、メンテナンスがとても重要です。
こうした事がよく分かる事例としてはマンションが挙げられます。マンションには占有部(所有者個人の持ち物で部屋の内装など)と共用部(マンション住民全員の持ち物で構造部や外装やロビー、通路など)があり、共用部の管理はその住民によって結成されるマンション管理組合とその委託を受けた管理会社によって運営されています。住民はこの管理組合に定期的に修繕積立金を納め、その積立金によって共用部を維持保全しているのです。
そして近年、一部のマンションの修繕積立金が不足することで適切な維持管理が出来ない状況にあることが問題視され始めました。マンション管理組合の運営能力や修繕積立金積立額の健全度によってマンションの運営状況に乖離が生じており、その将来性が大きく二極化しようとしています。
マンションは管理を買え、決断を左右するのはこんなポイント – BORDER5
将来を見据えて修繕積立金を適切に積み立てながら、建物のメンテナンスについて自分たちで学びながら管理会社と協力して資産性を保全してきたマンションがある反面、
管理組合と管理会社が癒着したり、悪徳管理会社の罠にはまって不本意に修繕積立金を失ったマンションや、自分たちで学び考えることをせずに管理会社をアゴで使った挙句、管理契約の更新を断られてしまったマンションなど、管理がままならなくなってしまっているマンションも少なくありません。
『マンションは管理を買え』という言葉は衝撃的でありつつ、的を得ているといえるでしょう。
不動産先進国アメリカではなぜ住宅の資産価値が目減りしないのか

マンションには共用部という住民にとっての“共有財産“があったために先進的に取り組まれてきた経緯がありますが、戸建て住宅ではその全てが個人資産であり、運用がうまくいかなければ空き家となって朽ち果てていくだけなのです。長い期間、存在地域に様々な悪因をもたらしながら…
上記グラフでも分かる通り、アメリカでは建物の資産価値を維持することに成功している反面、日本ではその価値が半分に目減りしています。制度と取り組み次第で住宅を“資産“として保有する事は可能だということが分かりますが、果たしてアメリカと日本の不動産における資産格差はどこから生まれるのでしょう。
不動産先進国アメリカではAIによって、売買にかけられていない建物も含めて、だいたいの資産価値がインターネット上に公開されています。(zillow.comなど)
そうした背景もあり、持ち主は建物に対するリテラシーがとても高く、定期的に自分でメンテナンスしたりDIYをしたりして、建物を健全な状態に維持しようとしますし、住宅の診断をするインスペクターという職業は弁護士レベルの社会的地位を有する重要なお仕事に位置づけられています。
このように、建物を維持管理するための仕組みが整備されていて、持ち主によって適切になされれば、建物というものは本来一律に価値を失っていくようなものではないのです。
修繕積立金と100年分の維持管理計画を揃えよう

こうした事例からも分かる通り、家は消耗品ですから適切なメンテナンスの積み重ねが大切です。
家主が簡単な家のメンテナンスの知識を持ち、同時に専門性の高い箇所についてはプロに依頼できるだけの修繕積立金を各自用意することが望ましいでしょう。そのためにも、適切な維持管理計画を立てておくことが重要です。
近年では長期優良住宅制度によって維持管理計画書の作成が求められるものの、30年程度の短いスパンのものが多く、本質的な意味であまり役に立つ立ちません。例えばタイルや塗壁などの外壁材において、30年を超える耐用年数を持つと設定された建材のメンテナンス費用は実質加算されないからです。
100年の維持管理計画を立てておけば、タイルや塗壁にも更新サイクルが発生して、本質的な維持管理に必要な費用が見えてきます。昔から使われてきた羽目板が如何に有効な材料かはこのレベルからははっきり分かるようになります。
そして、その維持管理計画の実行に必要な費用を積み立てておくのが修繕積立金です。そうしておけば、家の寿命は必然的に100年を想定できるようになってきます。
基礎的な建物のメンテナンスや維持管理に関わる知識を備えておくと、それぞれの部位の寿命が延び、維持管理に関わる費用を抑制することができます。浮かすことのできた費用、必要なくなった費用は勿論自分のものですから、自分へのご褒美のような感覚で、旅行など、別の用途に回すことも出来るということです。
維持管理とは建物に興味を持つこと。主体的に関わること。

近年、DIY大家さんやまちづくり活動などにおいても、古い建物を安価で楽しみながら再生していこうという流れが全国で活発になっています。
まだ使えるのに…という想いが専門家やプロの枠を超えて新しい文化を醸造している様子からも、自己収益化の仕組みづくりに終始する業界人はもうお役御免だともいえるのではないかと感じます。
これから必要になる建物を維持管理していくというフェーズにおいては、建物の維持管理に主体的に関わる持ち主と、それを補助する各分野のパートナーとしての専門家がいれば、建物の資産価値を維持していくことが出来るようになるでしょう。
自分で自分の暮らし方をコーディネートしていく中で、自分の家のコンディションは自分で管理しながら、必要なパートナーとしてのプロに知識や技術を補ってもらえる体制を作っておけば、35年での建て替えや別の場所への新築などは必要ありません。
自分たちの思い出や質感に深みを持たせる経年変化を有意義に楽しみながら、その都度変わるトレンドや自分自身の好みに、自分で向き合いながら好きな暮らし方を追求していくことはとても豊かで素敵であり、
その上で家の価値を永く維持できる画期的な方策だと考えます。
先ずは自分のお家の維持管理計画と修繕積立金の計画を信頼できるプロと共に計画し、自分で出来る事は自分でしながら、あなたの貴重な資産である“お家“の価値の維持ないしは向上にチャレンジしてみませんか?
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