人物百景@たぶせ、第7話は、
田布施町の農地で採れた作物で6次産業化に取り組む、伊藤邦彦さんにお話を伺ってきました。
名前:伊藤 邦彦 (いとう くにひこ)
プロフィール:田布施町ご在住。
手造り工房農多(のーた)代表
田布施町の休耕田を復興、活用して育てた農作物を加工食品にして販売する6次産業に取り組む。農薬、化学肥料不使用の原料を使用したジュース・ジャムの製造販売を中心として、地域の特産品を使用した加工品の製造販売や、委託加工として西日本広域の生産農家さんからその腕を買われ依頼が殺到する”6次産業の魔術師”として多忙にご活躍中。
手造り工房農多(のーた)
(聞き手・撮影・記事=田原)
※写真は一部伊藤さんからご提供をいただいておりますので、無断での転用はお控えください。使用をご希望の方はご連絡をくださいませ。
こちらは後編です。前編はこちら↓↓↓
手造り工房農多(のーた)- 伊藤邦彦さん(前編)【人物百景@たぶせ】 | 田布施の耳たぶ (tab-mimi.com)
自分で作ったものだけは絶対に信用できる

会社概要|手造り工房農多会社概要 | 手造り工房 のーた株式会社 農多は、山口県田布施町の休耕田を活用し、農産物を生産・加工を手がけることを目的とした会社です。1次産業田んぼでお米の栽培、畑で野菜の栽培を行っています。出来るだけ、化学肥料・化学農薬を使わずに栽培を行っています。2次産業農多の田んぼや畑で収穫したものを使用し、甘酒、トマトジュースなどを製造しています。農多で栽培していない作物は、山口県内の農家さんか…no-ta.net
伊藤さんは農多の事業として、田布施町の休耕田を活用しての農作物の栽培をご自分で行なわれています。

自分で作ったものだけは絶対に信用できるとの信条から、農作物の栽培は絶対に外せない事業として毎年勤しまれます。

伊藤さんは、元々お持ちであった5アールの田んぼからスタートし、ご実家の田んぼに加え、近年は噂を聞きつけた方から『うちの田んぼも作って欲しい』との要望が多くなり、
現在では5ヘクタールあまりの農地での農業と、食品加工、流通、販促のサイクルを、ハードスケジュールでこなされています。
伊藤さんがこれだけ沢山の方々から頼りにされるのには訳がありまして…
元は農業高校の先生だった!
伊藤さんは、元々は地元田布施農業高校(現在の田布施農工高校)の先生として26年教鞭をとられながら様々な研究の最前線に立たれた後、手造り工房のーたを起業されました。

田布施農高にお勤めの時代には、農業科学、食品科学に携わられ、その道の専門家であられつつ、“先生“を頼ってくる人は昔から絶えないようで、
伊藤さん) :田布施農高(当時)におった時から、『先生、なんとかならんでしょうか?』っていう問い合わせはあったんよね。規格外の農作物とか、生産者の人にとっては頭を抱える問題なんよ。
『じゃあ、なんとかしちゃあげよう』って言っても、いくらイメージが沸いても、先生としてやっちょる分にはやれることって範囲が限られちょるじゃろう。そう思うと、このまま教員を続けるよりかそういう目の前で困っちょる人の役に立つ方が自分にとってもやりがいがあるし、社会貢献になると思ったんよね。』

田原) :求められてそれを世間に供給する。仕事としてこれほど幸せなことはないですね!
伊藤さん) :でもねえ、6次産業化って言葉にするのは簡単じゃけど、実際はそんなに簡単じゃないんよ。
実際、全国的にも成功例が少ないし、これまで9年やってきたけど、家族とともにほとんど休みなしで黙々とやってきたよね。特に最初の3年は本当に大変じゃったね。
いつものお優しい笑顔からは窺い知れないご苦労のあった逸話も、伺うことができました。
山口県は工業県??
伊藤さんが6次産業に取り組まれる中で、最も大変なのが3次産業である流通・販売だそうで、ここの難しさに直面した起業後の3年間は大変なご苦労だったようです。
伊藤さん) :最初の販路開拓は全く目の前の見えない難題じゃったね。
例えば、物産展とかに出展して大手百貨店のバイヤーさんとかに売り込みをしても、
『山口県は“農業県“ではないから売れませんよ。』
って門前払いなんよ。
田原) :???
”農業県”って何ですか??
伊藤さん) :山口県は瀬戸内工業地域に含まれるじゃろ?じゃけえ、”工業県”なんよ。工業が主力の県であって工業県だから、農業生産品は売れないってレッテルを貼られるんよ。
田原) :それは残念な慣習ですね。。。
伊藤さん) :ほかにも、販路開拓のために様々な場所で試食販売をやっても、トマトジュースや甘酒は流通している商品のイメージが強くて、そもそも飲んでもらえない。
とにかく一口、口にさえしてくれれば、その人はビックリして驚いてくれるんだけど、そこまでたどり着くまで、一口だけ飲んでもらうことがそもそも大変なんよね。
だから、学校の先生をしてた時代とは全く違う苦労があったよね。
そんなご苦労も乗り越えて徐々に認知されていった、その商品の絶対的な質と伊藤さんご自身の嘘偽りない取り組みから来る信頼。
6次産業においては、自分で作った素材を加工して、その販路も自分で開拓していかなくてはなりません。
今でこそ伊藤さんが農多でつくる加工食品はおいしくて安心だと認知されて一定の販路も確保されていますが、それが認知されていない開業当時はたくさんのご苦労があったそうです。

それでも、自分で農業を営むことと、商品開発や販路の開拓を同時に行なっていくことは現在でも大変なことですし、人と接する中では様々なことがあって神経をすり減らすこともある。
そんなお話をされる間も、ずっと笑顔を絶やさずにお話くださる伊藤さんからは、やはり自分の得意なことを生かして世の中の役に立ちたいという想いが滲み出てらっしゃったように感じました。
”どぶろく特区”田布施町
先述の田布施農業高校(現田布施農工高校)の教員であった伊藤さん。その田布施唯一の地元高校に “酒造倶楽部(しゅぞうくらぶ)“ という日本で唯一酒造り実習をしている部活動があります。
日本で唯一、酒造りの全工程を生徒が実践する山口県立田布施農工高校「この農業高校がスゴイ!」【前編】 | 田布施の耳たぶ (tab-mimi.com)
この“酒造倶楽部(しゅぞうくらぶ)“については、元々この田布施農業高校で行なわれている前身の酒造り実習の担当を長年担ってらっしゃったのが、まさに伊藤さんだったようです。
元来、山口県では熊毛杜氏と大津杜氏という日本でも有数の杜氏集団があり、田布施農高の実習はその熊毛杜氏の流れを汲むものだそうで、今では日本で唯一の酒造りを体験できる実業高校となっています。
日本三大杜氏〜日本酒を醸す杜氏集団と蔵人の役割と歴史〜 – 日本酒と酒器のサイエンス …sake.science
隣町の岩国市で作られる世界的なお酒である“五橋“や“獺祭“を作るための酒米を提供する農家さんがあるなど、田布施は実はおいしいお米が育つ地域として『田布施田どころ米どころ』と呼ばれるなど、実はお酒造りにはうってつけの地域。
元は日本7大杜氏にも数えられた熊毛杜氏の流れを汲む田布施農高の酒造り実習に加え、伊藤さんの進言もあり、田布施町は『古代の歴史ロマン薫る米どころ 田布施どぶろく特区』として構造改革特区に認定されており、どぶろく製造と飲食店や民宿等でのその場での消費を前提とした販売などに特別に許されているエリアでもあります。

地元実業高校でお酒造りの実習が行われ、どぶろく特区にも認定される田布施町においては、私自身の素人考えでお酒のまちとしてどんどんと売り出して、若い人にもどんどんまちづくりに貢献してもらえる環境が出来ればいいのになと思いましたが、
伊藤さんは、教育の専門家として、また難しい6次産業でのご経験を通して、そのような事も含めて、一次産業に携わる人々がもっと豊かに社会活動ができるように、そうした基盤をまちに作り上げていきたいと、そのビジョンを語ってくださいました。
古民家レストラン構想

伊藤さんのご活動のスケジュールでは、4月5月には田植えとその準備、6.7.8月はトマトなどの作物の生産とジュースづくり、9.10月で稲刈りを行なって、それ以降は作物での食品加工に入られるという、ほぼ休みなしの年間スケジュール。
人手を求めても、食品加工には興味があるものの、30kgにもおよぶ米俵を数百俵担がなければならない農業にも併せてチャレンジしようという若い人はなかなか見つからないとの事。

伊藤さん) :できれば、古民家レストランをやってみたいんだよねぇ~古くからこの地元にある建物を使って、そこで自分が育てた作物を振る舞いたいんですよ。あとは、自分がこれまで蓄積してきたノウハウを生かした田舎の教室みたいなこととか…
例えば味噌づくりの講習会をしたり、採れたての農作物で炊き出しをしたり、かまどで焚くご飯とか豚汁をつくったりすると、こどもたちが
『おこげが食べたい!!』
っておかわりしては喜ぶんだよね~!!
そういう、田舎の資源を堪能したり、人と農業との循環を感じたりできる場があるといいなぁと思うんだよねぇ~。
何より関わる人の幸せを純粋に思い、そこに“楽しさ“を見出す伊藤さんの姿を拝見しながら、人間としての本質的な幸せに気付かされるような思いがしました。
山口弁で”あなたさま”

『のーた』とは山口弁で、『あなたさま』というニュアンスで、話の語尾に使われる言葉です。
いいものを皆さんに提供したいという、伊藤さんの愛が溢れる信念の源ともいえる想いがネーミングされているのが手造り工房のーた。

今年の年末は新しい取り組みの準備のため、工場はお休みでしたが、そんな中食品工場の中もご案内をくださいました。

※ジュースに火を通す釜(右)と瞬間冷凍庫(左)

※果物を殺菌処理するための槽
ジュースづくりはとても難しく、必要設備も多いため、中々実際に取り組む方は少ないようですが、伊藤さんの長年の経験で最大限に合理化された施設では、よりコンパクトにより効率的に作業が出来るように考え抜かれた食品工場となっていました。
ジュースを保存するためには、保管する袋の形が綺麗に整う瞬間冷凍庫が必要なことや、保存に関わる冷蔵庫の電力量など、これまでのご経験から日々更なる進化を遂げられている農多さんの食品工場。
既に年明けにも、OEMで持ち込みをされる農家さんの果物で溢れるご予定だそうです。
このような技術や設備をお持ちの方はなかなかいらっしゃらないのが現状なようで、伊藤さんがいらっしゃる田布施町はホント幸せなことですよね〜。
みんなを笑顔にできたら、それが最高ですいのーた
人の心を掴む魅力的な商品開発で、各種メディアにも引っ張りだこの伊藤さん。
伊藤さん) :これ飲んでみん?せっかく来たんじゃけ、新商品飲ませちゃげよう。
いちじくのジュースなんじゃげどね。試しに飲んでみんさい。
田原) :…ありがとうございます…
(実は、いちじくが嫌いなんだけどどうしよう…)
・・・【試飲中】・・・
う、うまい!!!
伊藤さん) :じゃろ?
田布施のいちじくなんよ。田布施の名産じゃけぇ開発してみたんじゃけど、いちじくはドロドロすぎてジュースにならんのんよ。最初は水と砂糖で調整してみたんだけど、それじゃあ手造り工房の名が廃るじゃろ~!!
じゃけえね、いちじく果汁90%に梨の果汁を10%足してみたら、これよ!めちゃくちゃええじゃろ!?
私も36歳にして、いちじくとの新しい出会いをした気分になる、大人の嗜みのような濃厚なジュースに仕上がっていて、結局一本まるまる頂いてしまいました。
一連のお話を伺いながら、農業を通じた6次産業化のお仕事を純粋に楽しまれ、提供する人々に喜んでもらうことに愛情を注がれるそのお姿に、心から“職人魂“を感じるような思いがしました。
ご自身のご体験から様々な裏話まで、終始楽しそうに包み隠さずお話してくださるお姿と商品に対する思いはまさに、 『みんなを笑顔にできたら、それが最高ですいのーた(あなたさま)』 という伊藤さんの生業にかける想い、田布施の未来にかける想い、そういったお気持ちそのものであったように振り返ります。

日々、こうして田布施を築いてくださる皆様と触れ合いつつその愛情を受けながら、先人の方が託してくださる“田布施への想い“を、少しでも増幅していけるように何か出来ることから活動していきたいという想いを、更に強くさせていただきました。
※『人物百景@たぶせ』は、菊名池古民家放送局(https://www.kominka.tv)から暖簾分けを受けた、まちで生きる人々を取材して、まちをより深く知るためのコーナーです。
コメント